源平合戦期の一騎打ち(騎射戦)

一騎打ち

軍の編成 組織 役職

騎馬武者といえば武士の象徴的な姿ですが、源平合戦期から鎌倉にかけて武士の花形の武器は弓であった。馬上で弓を討って相手を射抜くのだ。

現在でも残っている流鏑馬(やぶさめ)は武士達が弓の訓練をする為に行なわれていた。又狩などでも腕を競ったり訓練を兼ねて行われていたようです。

さて戦場では、騎馬武者は大声で名乗りを挙げ自分の相手を探し、それに答えてた者同士で、名乗り合い一騎打ちの形で勝負が始まる。

源平争覇期の一騎打ち(騎射戦)

源平争覇期から鎌倉にかけては、まだ優雅といいますか、武士の勝負という事に深いこだわりと戦いを儀式化し美化する風潮があったようだ。

殆どの人間は右利きであるので、戦いが始まると敵を左側で受ける必要がる

この際に右側で受けてしまうと、弓が引きにくくなってしまう為だ。お互いが馬で駆け寄りかなり接近してから矢を射る、この方が当たる率が高まるからだ。それと当時は騎馬武者が遠くから弓で人を射る事を卑怯とされていたらしいのだ。???弓を使っているのに?と思ってしまうが、まあここら辺が日本人らしいと言えなくも無い。

矢を射た後外れると、お互いに駆け抜けぐるりと回り再び駆け寄り矢を射ます。矢を射る際、一の矢が外れると危険な為二の矢も右手に持ちながらの戦いとなるのです

お互い(えびら 矢をストックしておく入れ物)から矢を抜いている暇がな為です。

この弓での一騎打戦ってかなり画になると思うのですが、ドラマ等では意外と見られずはしょられています。

当時の武士達の技は曲芸

これなんでかな~って昔よく思っていたのですが、当時の武士達がやっていた馬上から矢を射るなんてことは、相当な曲芸ですよね。

現在でも流鏑馬をやっている方達は相当練習を積んでいるから出来るのでしょうが、普通の役者さんにお願いしておいそれとできる事じゃなさそうです。撮影となるといろいろ難しいのでしょうね。怪我されたら大変でしょうし。

源平争覇期の頃の武士達はなんとも器用な事をしていたんだな~と感心してしまいますが、当然この弓の打ち合いだけでは勝負がつかないことがありますので、肉弾戦にも発展します。それはまた別の記事で。

源平合戦期の一騎打ち(組打戦)へつづく

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