陣中は女人禁止?
よく戦場では女人禁止で小姓が主人の相手をしていたという話もあるが、これは時と場合によりであり、必ずしもそうではない。
戦争中、様々な理由で戦いが停滞することが多々ある。その間陣中は緊張から一時的に開放され士気が緩む。この間に陣中には、商売をする者が訪れ(詳しくは、農民、商売するのも命懸けの方で)、遊女も訪れる。
身分の低い者は駐屯地で強姦行為を頻繁に行っていたが、指揮官クラス上級武者達も、敵方との戦闘がないと判断すると進んで宿駅から遊女を呼び遊んでいた、また遊女達から陣中に訪れた。
戦いと女性の関係は古来より密接な関係があったのです。
遊女
そもそも遊女とは何か?なのですが。現代の価値観や定義で論ずると売春と定義されます。
遊女の語源は、旅をしながら芸能で生計を立てている女性のことでした。
彼女らはやがて性も商品化して扱うようになり、定住せず各地を旅をしていたことから、遊女とよばれていました。これは売春婦という意味ではなく、遊女(あそびめ)の意でつかわれていた。
だがこういった商売は、料金を払わない、誘拐、等々危険なことが多かった為、客との仲介を立てるようになり、遊女屋が登場します。
これにより、以前よりは安全で便利になっていきます。やがて旅をしながら旅費を稼いでいた彼女達は、定住して商売を行うようになり、これが売春婦としての遊女の始まりとされているようです。
当時の武士達は戦時中でも、暇があれば遊女達と遊んでいたのだ。
古来より、陣中には遊女が訪れていた。
平維盛(たいらのこれもり)の軍が鳥が一斉に飛び立つのを見て、敵襲と勘違いして大慌てで逃げて行く有名な逸話がありますが、この時、維盛軍も遊女と戯れてだらだら布陣していた様子が描かれています。
豊臣秀吉も小田原城攻めの際に、暇になり将達に女房を呼ばせ、自らも淀君を陣中に招いた。この場合遊女ではないが、陣中に女性を招いてるエピソードだ。
例を挙げるときりがないが、戦争が膠着状態に陥ると、陣中は商売人で賑やかになり、その中には多くの遊女達もいたのだ。
商売人にとっては、格好の稼ぎ場で、兵達はいつ死ぬとも分からぬ状態に置かれているので、羽目をはずせる時はとことん羽目をはずしていた。その相手をしたのが、遊女達でした。
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